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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)202号 判決

控訴人 赤山安治

右訴訟代理人弁護士 広瀬通

被控訴人 渡辺龍太郎

右訴訟代理人弁護士 伊東忠夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、本件建物(原判決添付物件目録の建物)につき東京法務局昭和三八年四月二二日受付第八五二〇号をもって為された所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証の関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し原判決三丁裏六行目「第八六八八号」を「第一一八七〇号」と訂正する)。

(控訴人の主張)

一、本件建物の売買に関し、その敷地賃借権の譲渡につき土地賃貸人の承諾を得又は右敷地を買取る点については、既述のとおりこれを被控訴人の責任とする旨の特約が存したのであるが、仮に然らずとしても、少くとも被控訴人と控訴人の共同責任とする旨の特約が存したのに、被控訴人はその履行を怠ったものである。

二、被控訴人の本訴請求に対する仮定抗弁として左記による解除を主張する。

即ち、本件売買契約は借地権付建物の売買であるところ、既述のように右借地権の譲渡等につき土地賃貸人の承諾を得ることが出来なかったから、右借地権の売買をもって土地賃貸人に対抗し得ない筋合である。

しかして右は、恰も他人の権利を売買の目的としたのに、これを取得して移転し得ない関係に類似するところ、売主たる控訴人は土地賃貸人が承諾するものと信じていたのであり、他方買主たる被控訴人は右契約の当時から土地賃貸人が承諾しないことを知っていたのであるから、民法五六二条二項の類推適用により、控訴人は被控訴人に対し、昭和四九年九月二日(当審第五回口頭弁論期日)、右土地賃貸人の承諾のない旨を通知して本件売買契約を解除した。よって、被控訴人の本訴請求は失当である。(被控訴人の主張)

一、控訴人の右第一項の主張事実は否認する。

二、同第二項の事実については、その旨の解除の意思表示のあったことは認めるが、その余の事実及び主張を争う。本件においては、土地賃貸人の上記不承諾は未だ確定した訳ではなく、それは、同人より買主たる被控訴人に対し建物収去・土地明渡の訴が提起され判決等によりこれが確定したときに始めて右不承諾も確定するのである。従って、仮に本件の如き事案については前記法条の類推適用が認められるとしても、控訴人の解除権は未だ生ずるに由なきものである。

(証拠)≪省略≫

理由

当裁判所も亦、被控訴人の本訴請求を原判決認容の限度で正当、控訴人の反訴請求を失当と認めるものであって、その理由は、左に附加する外、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する(但し原判決一〇丁表初行「金鶴鎮」の次に「(第一、二回)」とあるのを削る)。

一、本件売買契約に基く被控訴人の本訴請求に対し、控訴人は第一次抗弁として、新規建物の賃貸借及び借地権付建物の売買予約の成立を前提とし、更改に因る旧契約関係の消滅を主張する(なお右売買予約の成立を前提とし、その失効による反訴請求をなす)ものであるところ、当審における控訴本人の供述を考慮に入れても、なお原判決説示のとおり、右新契約の成立はこれを認めることが出来ないから、本抗弁(及び反訴請求)は失当である。

控訴人は、右に関し、本件売買契約については土地賃貸人の承諾等を得ることにつき、これを被控訴人の責任、少くとも当事者双方の共同責任とする特約が存したのに被控訴人がこれを怠ったため、控訴人は土地賃貸人より民法六一二条による解除を受けるおそれが生じたこと等より上記新契約に及んだというが、これに添う≪証拠省略≫は、原判決挙示の各証拠と対比してこれを採用することが出来ず、むしろ一般的に言っても借地権の有償譲渡の場合には、特段の事情なき限り土地賃貸人の承諾を得るよう努むべき義務は譲渡人側に在るとみるべきのみならず、本件においては原判決も説示するとおり、右義務は、特約により明確に、売主たる控訴人こそがこれを負っていたものと認められるところである。

二、控訴人は、被控訴人の本訴請求に対する仮定抗弁として民法五六二条に則る解除を主張し、右解除の意思表示のあったことは当事者間に争がない。

思うに、借地権付建物が売買された場合、同売買自体は当事者間では有効であるけれども、右借地権の譲渡につき土地賃貸人の承諾が得られないときは、右譲渡をもって土地賃貸人に対抗することを得ないものと解されるところ、右土地賃貸人の承諾につき、これを得るよう努力する(なおそれが得られないときは借地法九条の二第一項の申立を為すようにする)義務が売主(借地人)に存するときは、売主が右努力をなさず又は努力をなすも承諾等が得られない限り、恰も他人の権利を売買の目的としたとき、売主はこれを取得して買主に移転すべき義務を負う(民法五六〇条)のに、これを履行することが出来ない場合と類似の関係にあるものといえるから、もし右売主にして善意のときは、同法五六二条を類推適用して、売主は右売買契約を解除し得るものと解するのが相当である。

ところでこれを本件についてみると、叙上のとおり、本件は正しく借地権付建物の売買契約であり、且つ土地賃貸人の承諾を得ることに関する義務は売主たる控訴人が負っているのであるから、もし右承諾が得られないときは、上記法条を考慮する余地が生ずるものといわなければならない。

しかし、右にいう「土地賃貸人の承諾が得られないとき」とは、上記民法五六二条(なお五六一条も同じ)に「権利ヲ……移転スルコト能ハサルトキ」とあるのと対比しても、単に未だ承諾が存しないとか、単に将来も承諾を得る見込が乏しいとかでは足らず、例えば土地賃貸人が文書をもって拒絶の意思を明瞭に表示したとか、土地賃貸人より借地人(借地権譲渡人)に対する解除の通知又は借地権譲受人に対する建物収去・土地明渡請求があった等、土地賃貸人の不承諾の意思が客観的に明瞭に確認せられる場合をいうものと解するのが相当である。

しかるに本件においては、引用の原判決説示にもあるとおり、その土地所有権に紛争のあることにより未だ土地所有者たる斎藤博の承諾は存しないけれども、本件全立証によるも、右斎藤につき叙上の如き明確な不承諾の意思は未だこれを確認することが出来ないものである。

とすれば、本件売買契約については、その借地権の譲渡につき土地賃貸人の承諾なしとは未だこれを断ずることが出来ないから、上記に判示のとおり右契約につき民法五六二条を類推適用すべき余地は未だ生じていないものというべきである。

のみならず、仮に然らずとしても、引用の原判決説示にもあるとおり、そもそも本件売買契約は資金に窮した控訴人からの申出によって被控訴人がこれに応じたもので、しかも前叙のとおり土地賃貸人との交渉関係につき控訴人が言を左右にしている状況等からみて、控訴人が右契約の当時土地賃貸人の不承諾につき善意であったかは甚だ疑わしいのみでなく、上記判示のところに本件弁論の全趣旨を併せると、少くとも被控訴人は契約の当時右の不承諾につきこれを認識していたものとは認められないから、控訴人は、たとい善意であったとしても、本件契約を解除するに当たっては、上記五六二条一項により、被控訴人の蒙った「損害ヲ賠償シテ」これを為す要があるにもかかわらず、この点に関する主張立証は何ら存しない。

そうしてみると、控訴人の為した本件解除の意思表示は、上記いずれの意味においても失当であってその効力を生ずるに由なきものというべく、従って控訴人の仮定抗弁も亦排斥を免れない。

以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を判示の限度で認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は結局正当である。よって本件控訴を理由なきものとして棄却し、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 小谷卓男)

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